本格再生! ブラザー15/16サイズが鳴りだした。

油絵にたとえると、これまでベニヤ板に描いていたのが、急に正式のキャンバスに描いている感じ。調律師ISAMU. H氏がついに、ハンマーヘッドのフェルトに針刺しファイリング(やすりかけ)を施した。これまでほぼゾンビだったブラザー15/16サイズが、まあ、いわば普通の病人程度には回復したようだ。
まず調律師ISAMU. H氏が来る前日、調整してほしい鍵盤にポストイットでマーキング。これで調律師さんは、どこが問題なのか一目でわかる。マーキングは音程だけではない。老朽化したブラザー(ベースはアトラス)だから、金属音がしたり、どこか分らないが、重い共鳴音を伴ったりする。もちろん新品に買い換えれば済むことだ。でも新品はどこにもない。アトラスピアノも、ブラザーピアノも、もうこの世にないのだから仕方がない。15/16サイズもこれだけ。これを騙し騙し弾き続けるほかはない。


当日調律師さんが来るまえに、あらかじめ上前板、下前板(上下のパネル)と鍵盤蓋を外しておく。ISAMU. H氏は高齢なので。どの部品も相当に重い。ふつうは調律師が取り外して室内のどこかに置くわけだが、指紋も付くし、家具にぶつけて破損するリスクもある。こういう付帯的な作業は、顧客が自己責任でやってくれれば、調律師は負担軽減になる。もちろん調律が終わったら自分が「あとは私がやりますから、そのままで。」と申し出る。(よい子と、か弱い女性は真似しないでください。)

ISAMU. H氏はまず、前回ピアノ線を切ってしまった2点Eの調音から始める。(このHPには書かなかったが。切れたとき「アッ」と言ったISAMU. H氏がすごく恥ずかしそうにしていたので。)もともと47年もののブラザーピアノ。切れてもおかしくはない。慎重を期して前々回はA=440で調律していた。でも Kurze Finger (ボク)の要請で、前回A=441に上げたのだった。(このあとはトリヴィアになるので、興味のない人は飛ばしてください。)低音部は弦が長いので、少々締めても大丈夫。超高音部は弦が短いけれども、締め付けもきわめて微少なのでそれほどリスクはない。やはり中程度の高音部が、ピアノ線の耐久度と締め付けの関係で、切れやすいのかもしれない。(10年前にも、別の調律師が2点Fを切った。)
ISAMU. H氏は前回同様、アクション部分のあちこちを調整。微妙な箇所なので Kurze Finger が懐中電灯(単一4本の強力なもの)で当該箇所を照らす。息詰まる瞬間が連続する。――それにしても、どうしてボクがこんな苦労を続けなければならないのか? 15/16サイズのキーボードでないと弾けないからだ。それが供給されていないからだ。スパン21,5㎝というのは男子としてはチビかもしれないが、女性の平均値に近い。このHPにアップしたように、人類の3/4が排除されているのが、いまのキーボードだ。昨今の傾向は性同一性障害など、マイノリティに配慮するものであるが、 “Kurze Finger” は多数派なのである。マジョリティがマイノリティ扱いされていて、しかも問題視されてもいない、というこの状況こそ、倒錯ではないだろうか――。
ひととおり調整したあとISAMU. H氏は「ちょっと弾いてみてください」。ちょっと、と言われてもね。鍵盤蓋がないから譜面を立てることもできない。暗譜で弾くほかはない。しかも「バネ指」のため半年間、何も弾いていない。ショパンのワルツとかマズルカを弾いてみると、あちこち変な音がする。マーキングした音は直ったけれども、そのお蔭でその周りの音が変に聞こえる。ISAMU. H氏はさらに調整する。「どうでしょう。弾いてみてください」。こっちも種切れだ。F. リストの「ため息」冒頭とか、ショパン「英雄ポロネーズ」のfinale部分とか弾いてみせる。(えーと、つまりこの程度の曲は弾けるし、弾きたいと、たとたどしくアピールしたつもり。)
ついにISAMU. H氏が動いた。ハンマーのフェルト部分に針を入れた。「針入れ」はリスクを伴う作業であるらしい。『羊と鋼の森』(宮下奈都)でも、外村君は怖くてできなかった。小説では柳さんが「一回、二回、三回と針を入れる」が、ISAMU. H氏は、たった一回、三本の針の出ている器具で、フェルトを刺してゆく。駆け出しの調律師には「絶対に針刺しはさせない」という。このブラザーピアノのフェルトは、はじめて針刺しされたらしい。
「できればしたくない」のがISAMU. H氏のスタンスらしい。針刺しにより、低音部はグワーンと音が伸びる。他方高音部は、ハンマーが柔らかくなるので、ピアノ(弱音)がより弱くなるらしい。とはいえ、そばで聞いていた Kurze Finger には、効果は絶大。ピアノの音が分厚く、幅広く、立体的に聞こえるようになった。

ファイリング、つまり鑢(やすり)掛け。ハンマーのフェルトを削る。通常、フェルトには3本の条痕が刻み込まれている。一音につき弦が3本あるからだ。ファイリングにより、この条痕、デコボコが解消される。そして打鍵の際には新品のピアノのように、キッパリとしたコンタクトが実現される。とはいえ、何度もやるとフェルトが摩耗して無くなる。(写真では、削られたフェルトが毛羽立っているのが分ります。)大ホールのグランドピアノのフェルトは毎年ファイリングされ、10年ごとにアクションが丸ごと交換されるとか。スタインウェイの場合は、製造番号による特注に近くて、アクション一式で200万円超だそうです。
ISAMU. H氏は、これがたった一台の15/16サイズのピアノなので、削りたくないらしい。(買い換えはありえない。)それでも、 Kurze Finger も前期高齢者。「あと10年程度弾ければ充分です」と伝える。ボクが死んだあとに、このブラザーピアノを弾いてくれる人がいるのだろうか。

紙やすり(サンドペーパー)で仕上げ。
紙やすりにも、240番、600番、1500番(?)など段階がある。ファイリングのあと、仕上げにサンドペーパーを当てている。いやはや、想定外の大手術になったようです。
このあと、シャフトの是正などなど複数の作業があったけれども、ここではカットします。

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