川波静香『母島』

小笠原諸島の母島をめぐる物語。
これはもう、小笠原の文学記念碑になるでしょう。
前半の、泉家の歓迎宴会のにぎやかさ。島の豊かさ。島民の収入は「学校の先生」の10倍だったという。この母島に住む友人泉耕太郎に懇請されて父は、幼い頃に母を亡くした主人公マリ子とともに、八王子近郊の村から移り住む。サトウキビ絞り(砂糖〆)、青年の力比べ(ネムリブカ=鮫の一種を何匹浜に引き上げられるか)など、はじめて知る風習は豊富。

それだけに、戦争によって島民の生活が破壊される中盤はショックが大きい。自分は仕事でヨーロッパを歩き回ったから言えるが、平和で風光明媚な土地にかぎって、主戦場となり、立派な家屋は軍司令部などに徴発されている。予告なしに湾に出現した日本の艦船が島を蹂躙する様子。何も知らずに飛行編隊を歓呼で迎える小学生を機銃掃射する米軍。よく聞くことだが、戦争の惨禍を体験した人はむしろあまり語りたがらない。戦争を知らない作家(1969年生まれ)だから書けたのだろうと思う。むかし、昭和30年代にはこういう書籍や映画はたくさんあった。令和2年に出版されたのが、画期的だ。
後半はマリ子の友人、由木(マリ子たちを母島に呼んだ泉耕太郎の娘)を中心に進行する。疎開した東京で社長夫人となった由木は、(沖縄と同じく)返還されない母島に帰りたいと体調不良に悩むことになる。昭和43年にやっと小笠原諸島が日本に返還され、曲折のすえマリ子と由木とはともに船で母島に帰り着く。変わり果てた島。バラ線で遮断された道。それでも崖っぷちまで登ると、沖合に「向島、平島、二子島、丸島」が昔と変わらずに浮かんでいる。「ただいま・・・」。このあたりは、滂沱の涙を禁じえない。
日露戦争はロシアの南下政策を止めるために、大英帝国が日本を「傭兵化」したものだった(出口治明)。百年単位で欧米・ロシアなどは「グレートゲーム」をやっていて、日本なんか捨て駒なのだ。「美しい日本」と、「民度の高い」日本人を守れる政府を、われわれは持てるのだろうか。
なおワタクシゴトで恐縮だが、この作者川波静香(筆名)は小生の姪である。どうかごひいきに。

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