宮下奈都『羊と鋼の森』
帝国ホテルのグランドピアノの調律を引受けているISAMU. H氏が、先月下旬、二日間にわたって、わがブラザー・ピアノのオーバーホールをやってくれた。47年もののヴィンテージだから大変な作業だった。調律しながらISAMU. H氏が『羊と鋼の森』のことを言っていたので、その場でワンクリックで注文。1円だった。
調律師を志す、北海道の山村出身の純朴な青年が主人公。宮下奈都の書き方はうまい。毛羽立っていないというか、読者と落差が生じそうな箇所を避けたり、ポリッシュしたり。
やはり何よりも、これは調律師さんが喜ぶ本だと思う。つまり平均律、純正律などピアノの12音が、もともとこれでいいという周波数に決められない。打鍵の深さ(o,o1mm単位で調整する)、ハンマーの堅さなど、ピアノを弾くお客さんや部屋との兼ね合いもあり、常に不確定だ。調律師は慢性的に底なしの不安定性のなかを浮遊している。その点だけは、よく書けていると思った。とはいえ。調律の話なのだから、もっとトリビアに踏みこんでくれないと、読んで得した気分になれない。(小生は二日間のオーバーホールで、かなりの知識を吸収してしまった。)宮下奈都がどうしてもN賞を受賞できないのはなぜか、まあなんとなく分るような気がする。帝国ホテルのピアノの調律は午前5時出勤だという。(ロビーに一般客が来る前に調律する。)わが家でISAMU. H氏は6時間立ちっぱなしの作業中、リンゴを剥いて出しても一切れも食べない。紅茶かコーヒーかと聞くと「お水を一杯」と所望して、一気に飲み干した。禁欲的、そして驚異的な忍耐力が必要だ。おそらく腕前は「板鳥さん」より上だろう。しかも料金は驚くほど安い。(興味のある方は拙HP『細幅鍵盤で弾いてみよう』をご覧下さい。)映画化もされているようだが。これで2時間15分は長すぎる。ただしモネちゃんと、モカちゃんは見てみたい。