どうして細幅鍵盤に反対するのでしょう?

その昔、中田喜直がディアパソンの大橋幡岩氏に依頼して、オクターブ幅15.1㎝のピアノを作ってもらったのは有名な話です。(現行のジャイアンツ用キーボードは16.5㎝。)
この間トニカピアノとか、さまざまなメーカーが細幅鍵盤を作成しては、消えてゆきました。なぜなのでしょう?
現代は Diversityの時代です (性差、人種、宗教などの多様性を尊重する)。同性愛者の結婚も認められるご時世に、little hands つまり手が小さい人間が、自分の弾けるキーボードを要求して認められない、のはなぜでしょうか。
以下に典型的な反対論を記して、それについてコメントします。
1.「世界を舞台に活躍できない」から。
はい。一見ごもっともな意見です。まず失礼ながらそれは杞憂だと申し上げます。採算のとれるソロ・コンサートを東京文化会館でやれるピアニストがどれだけいるでしょうか。一握り、といって悪ければせいぜい1ダースです。(ふつうは弟子とか親類縁者が無理矢理チケットを売りさばく。)健気に音楽教室に通ってピアノを習っているお子様の1万人に一人も、世界を舞台に活躍することはありません。それでも基本的スタンスとして世界基準に合わせる、というのは結構です。他方、すでにダラスでは細幅鍵盤ピアノによるコンクールが行われています。階級別のコンクールというのが、やがて世界基準になるべきでしょう。

2.「同じ土俵で勝負するべきだ」という意見。
いかにも。たとえば陸上の100メートル走は、100メートルでやるべきであって、走者が小さいから、彼は90メートルでいい、なんてことはないわけです。
こういう陸上競技でルールが再検討されているという噂は聞いていません。筋力、スピードの競技なので、ピアノの芸術性の勝負とはかなり違うのでは。
スポーツに例えるなら、「ボクシングはよいスポーツだから推奨する、ただし試合はヘビー級(90,72㎏以上)しか認められません」というのと同じです。
フライ級(約49㎏~約51㎏)がヘビー級と対戦したら、一発で倒されて当たり前。ところが野球であれば軟式野球もあるし、準硬式(トップボール)野球もある。
テニスなら軟式テニスもある。軟式野球も軟式テニスも、それぞれプレイヤーはスポーツを楽しんでいるわけで、「世界大会に通用しないからナンセンス」だと禁止されてはおりません。

3.「汎用性が担保されない」という意見。
たしかにスタート時点ではそうです。たとえば自宅の7/8サイズの細幅鍵盤で練習して完璧に演奏できるようになっても、発表会とかコンクールの会場に同じ7/8サイズのピアノがないのでは、弾きようがない、というご意見ですね。グランドピアノについては心配いりません。キーボード・ユニットをすぽんと入れ替えるだけでOKです。テレビでショパン・コンクールの「調律師の戦い」を見た人はご存知でしょう。グランドピアノのキーボードはユニットになっていて、スライドして取り出し、スライドして別のキーボードを装着できます。
次のYoutubeの、8分15秒のところをごらんください。D.シュタインビューラー氏がスタインウェイのグランドピアノのキーボードを細幅鍵盤に取り替える様子が紹介されています。2分3秒です。

ですから発表会の会場となる文化会館とか市民ホールが、オプションのキーボード・ユニットを常備していればいいわけです。オプションは4つ。(1)現行のスタンダード(1/1、つまりジャイアンツ用キーボード。DS6.5)、(2)15/16サイズ(DS6.0)、(3)7/8サイズ(DS5.5)、(4)3/4サイズ(DS5.1)です。(DS・・・について知りたい方はLittleHandsさんのブログ『細幅鍵盤随想記』をご覧下さい。)スタート時点では少々高額かもしれないけれども普及すれば文化会館などは、1ユニットあたり数万円、ないし数十万円で備えられるでしょう。他方、アップライト・ピアノの場合は鍵盤の入れ替えは少々面倒であるらしい。ユニットの入れ替えのようにスポンとはいかないようです。(具体的には、本ブログの「実際に細幅鍵盤で弾いてみよう」を参照してください。なお中田喜直によればとっくの昔にオットー・ゴールドハンマー博士が鍵盤を交換できるアップライトを考案しているそうです(「音楽と人生」135頁)。)もしよその家で自宅と同じように演奏したいならば、たまたま自分と同じオプションのキーボードを装着しているピアノのあるお宅で弾くしかないでしょう。――といっても、日本ではたいてい、15/16か7/8、たまに3/4になるだろうと思います。さらに。宅習いのピアノの先生の家にはグランドピアノが2~3台、そうでなくてもアップライト・ピアノを交えて2~3台のピアノがあるのが、むしろ普通です。そのうちのアップライト1台をオプションにしてくれれば、一件落着です(グランドピアノは入れ替え可能)。なおいえば、電子楽器いわゆるキーボードが、オプションのサイズで売り出されれば、たとえば子供のうちは3/4サイズで練習し、中高生は7/8で練習して、成人となった時点で自分にあったサイズのグランドピアノを弾けばよいわけです。(キーボードの場合アコースティックの共鳴がないのは残念ですが。)

4.国際コンクールの場合。
すでに上の3.で述べたように汎用性は担保されます。問題は主宰者が、オプション・キーボードを採用するかどうか。従来の「ジャイアンツ用キーボードだけが正統だ」と考える主宰者ならば、たとえばパラリンピックのように、本選の翌日にオプションのコンクールを開催すればよいのです。(LittleHands が身障者かどうか、議論があるかもしれないけれども。)そこで「第二のマルタ・アルヘリチ」あるいは「アルヘリチ以上」が現れれば、世界の認識が変わるかもしれません。すでに1.で述べたようにダラスではオプション・キーボードによるコンクールが行われています。

5.「音大の先生が<あれはよくない>と言っていたから」。その先生はどのような研究結果に基づいてそのように主張しているのでしょうか。確認されるようお願いします。むかし来日したレオニード・クロイツァーが細幅鍵盤ピアノを激賞したのに、某音大のピアノ科主任教授が「そんなピアノを使うと指が曲がってしまう」と製造をやめさせたそうです(中田喜直「音楽と人生」132頁)。どのような根拠があったのか、ぜひ知りたいものです。他方現行のジャイアンツ用キーボード(中田喜直はLLサイズと呼んでいます)がどれほどの傷害、弊害をもたらすかについては、膨大な研究の蓄積があります。LittleHands さんがブログに文献をアップしていますのでごらんください(手のサイズとピアノ関連の痛みや傷害のつながりを示す疫学的調査、人間工学と生体力学に基づいた原理、細幅鍵盤と標準鍵盤の使用に関する比較研究など。私自身、ショパンのエチュード「別れの曲」(Op. 10, Nr. 3)の中間部や「エオリアン・ハープ」(Op. 25, Nr. 1)の中間部は指の関節を痛める恐れがあるので、ジャイアンツ用キーボードでは弾きたいけれども弾かないようにしています。
音大の先生、個人教授の先生が否定する例は多数あるようです(もちろん中には推奨している先生方もいますが)。それでは豊増昇、中田喜直、田村宏(東京藝大名誉教授)、クロイツァー、パウル・バドゥラ・スコダ、ヨーゼフ・ホフマン(自身7/8サイズのピアノを持ち運んで演奏会をしていた)、最近の例だとダニエル・バレンボイムが細幅鍵盤を推奨しているのは間違いなのでしょうか。

6.白人様の基準がワールド・スタンダードだという迷信。
むかしビートたけしがビートきよし(山形県出身)をからかって、「山形では飛行機を拝んでいる」と言っていました。いわばターザン映画で「土人」が白人の文明の利器を崇拝しているようなものです。やはりむかし、某ドイツ人講師が「日本では任意保険に入る必要がない」と言っていました。事故ったときにドアを開けて路上に出ると、相手側の日本人が手を振って「ああ、もういいです」と逃げてしまうから(英語が喋れない、だけではなさそう)。さらに。新宿御苑では門番が数十年にわたって外国人(白人)を無料で入園させていた。一度「入園料を」と言ったときに、白人がものすごい剣幕で怒ったのが「トラウマ」になったとのこと(トラウマ、ってこういう風に使っていいのだろうか)。牽強付会かもしれないけれども、「白人様のジャイアンツ用キーボードは不壊不滅」であって、これが不適当かもしれないなんて夢にも思わない、というのは「飛行機を拝む」のと変わらないのでは。

7.「ジャイアンツも苦労している」という反論。
音大生に細幅鍵盤の必要性を説いたことがある。すると「あら、でもガイジンの大きい人は、黒鍵と黒鍵の間に指が挟まって、抜けなくなるそうよ」などと反論されたことが何度かある。あー、そうでしょうよ。どうせおまいらは巨人と玉子焼きの味方なのだ。でもこれは、とりもなおさずAlternative の賛成論でもある。デカすぎて苦労している人びとは、16/15とか8/7サイズとかの拡大キーボード(仮分数楽器)を作成して弾けば問題解決なのだから。

8. あたたかく見守ってください。
人によってはいろいろと違和感があるかもしれません。それでも私のように、自分の弾きたい曲を自分の細幅鍵盤で弾きたいという音楽愛好家の動きを、阻止する必要はないのではないでしょうか。これまでの例だと音楽愛好家が細幅鍵盤を導入しようとすると、父親か配偶者(つまりお金を出すひと)が反対して挫折するようです。きっとそういうひとは、LittleHands にもかかわらず難曲を流れるように弾けるようになったとか、深い造詣があるとか、深遠なる哲学に基づいて反対しているのでしょう。ぜひ私に教えてください。そうでない場合はすくなくとも邪魔をしないでください。私はスタンダード・サイズ(LLサイズ、ジャイアンツ用キーボード)を否定するわけでもなければ粉砕しようとしているわけでもないのです。それと併存、共存して、ひっそりとでも細幅鍵盤のピアノを弾きたいだけなのです。そのような動きも圧殺しなければならない理由が分かりません。
「科学技術立国」を標榜して大量の学生を工学部に合格させている日本にいて、たかが7/8サイズの鍵盤楽器を入手するためにはるばる米国に発注して航空貨物で取り寄せる、そのために100万円を越えるコストを支出しなければならない、という今の私の現状は、なんとも情けなく、また腹立たしいものです。日本ではこれまで何度も細幅鍵盤が製作され販売されたけれども、消えてきました。失礼ながら、さしたる根拠もなく上記1~7のような理由で反対するのはやめてください。

 

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